牧野修 『傀儡后』 (ハヤカワJA)

傀儡后 (ハヤカワJA)傀儡后 (ハヤカワJA)
(2005/03/24)
牧野 修

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評価(☆5が満点)
☆3

あらすじ
 20年前の破滅的な隕石落下により、大阪は異形の街と化した。落下地点から半径6キロは、現在も危険指定地域とされた。 現在この地域は、五感で世界と融合するというドラッグ「ネイッド・スキン」、全身の皮膚がゼリー化するという謎の奇病「麗腐病」の中心地として、破滅の予兆をはらんだ都市を形成していた。
 人類社会崩壊の予兆の中、変容する人の意識と世界が醜悪かつ美麗に描かれる。

感想
 崩壊しつつある社会を舞台にした作品ということで、退廃的な雰囲気を漂わせた、そう言う意味では実に「SF的」な作品でした。
 とは言え、『ニューロマンサー』の冒頭や『ブレイドランナー』の社会のような感じではありません。あの、「なんか違う感じ」満載の日本文化風ではありません。
 あくまで現代日本(大阪)の延長でしかありません。 そのいみでSFに付きものの「未来感」はそれほどありません。


 作品としては「服」、「着る」ということがキーとなっており、なかなか異色の作品でした。 

 また割とグロテスクシーンが出てきますので、苦手な方は気を付けられた方が良いと思います。 程度としてはそこまでではないとは思いますが、ちょっと多いかもしれません。

 まぁ、それらを含めても作品の雰囲気としてはわりと好きな方だったのですが、ストーリーがイマイチ楽しめませんでした。最後の最後で明かされたあの真相は、好き嫌いが分かれそうですね。 私は後者でしたが。
 まったく関係ないのに、なんとなく『黄泉返り』(原作小説版)を連想しましたw 
 ※※本作では、人間は甦ったりしません。作風も全く違います※※


 上記のように「服」・「着る」といったことに拘った小説ということで、他のSF小説とは一線を画した感があります。
 お話としては面白いのでしょうが、この差異の部分を受け入れられるかどうかがこの小説を楽しめるかどうかの分岐点になるんではないでしょうか。

 いみじくも巻末の解説にありますが、「(この作品は)(中略)…宇宙論SFであり、哲学SFであり、言語論SFであり、小説論であり、単なるフェティシズム小説ですらある」(P.536)とあるように、単純なSFのイメージに納まらないものでした。

 ですので、「普通の」SFをお望みの方には向かないかもしれません。
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